プーと行く赤城は地蔵岳 1674m 2013/08/25
赤城山は2007/12に黒檜山、駒ケ岳に登って以来、今回は久しぶりにプーとおばあちゃんも一緒にちょっと低めの地蔵岳を歩いてきました。ちょうどこの日の午前中に赤城山でマラソン大会があったようで、多くの見物人とランナーで賑わっていました。
今回は赤城山ビジターセンターから覚満淵、鳥居峠から小沼(この)、八丁峠、そして地蔵岳、見晴・白樺牧場方面へ下り、句碑の道から大沼(おの)湖畔を歩いて戻ると言うルート。11:15~15:15までゆっくり約4時間のトレッキングです。
赤城山は成層火山を成り立ちにし、噴火によりカルデラ湖が誕生、外輪山として黒檜山などが生まれ、その後の噴火で中央火口丘が形成、これが地蔵岳、見晴山等となり、カルデラ湖を大沼、小沼などに分断しほぼ現在の形をつくりあげて行った。小沼は噴火でできた火口湖、大沼標高1350mに対し小沼は1450mと約100mの標高差、地蔵岳1674mまでは大沼から324mと軽いトレッキングにはうってつけ。
覚満淵は小尾瀬と呼ばれる沼の周囲に広がる湿地帯も含め呼ばれる場所、ワレモコウ、アザミ、等が咲いていた。時々青空が姿を現すと、相変わらずの夏の日射しが肌に暑い。
鳥居峠に上がると、覚満淵、大沼そして穏やかに周囲を囲む外輪山が見渡せる。
鳥居峠から反対側、赤城の外の眺望はガスに阻まれ皆無。筑波山まで見えるらしい。南方の千葉流山にも赤城神社があり、洪水で赤城山の一部が流れてきたので流山と呼ばれているという伝承もあるそう。
鳥居峠から登山道で小沼方面へ上がる。長七郎山への道を左に分けて、小沼の左に見ながら地蔵岳方面へ真っ直ぐ進む。レジャー地化している大沼と違い、小沼は静かな原始の世界。富士山も沼越しに見えるらしい。
正面にTV塔の立ち並ぶ地蔵岳、林道に突き当たって左側から手前の小山を回りこむと八丁峠、その先に駐車スペースがあり、地蔵岳への登山口となっている。
登山道はちょっと開けた斜面に木段がくねくねと続いている。登り始めはまだガスっぽかったものの、山頂が近づくと綺麗に夏空が広がり始めてくれました。夏空といってもどことなく秋色も感じる空です。
山頂手前の裸地から小沼、長七郎山を見下ろす。
山頂にはTV塔林立。
地蔵岳 1674m 山頂!眼下に赤城神社の赤い橋、大沼の向こうに黒檜山の外輪山。
山頂のお地蔵さんはみんな首が無くなっていて無残。
下山路は大沼へ直接下る登山道があるはずだが、標識によって進んだ斜面に踏み跡不明瞭。白樺牧場方面へ迂回するルートへ。最初は雨で抉れた滑りやすい大きな石に覆われたルート、途中から傾斜もなだらかになり美しい森が続く。
県道近くまで下って、右に句碑の道をとる。句人に詳しくなく、とりあえずそのうちの一つ。
突き当たりの道路を渡って大沼に下りる。やや水面が低くなっている?
湖畔にはミズナラの大木も多い。
国定忠治の碑。「赤城の山も今宵限り」
旧赤城神社、赤城大明神の鳥居。社殿を囲んでいた石柵が残り、静謐な雰囲気。近くに御神水。現在の大洞赤城神社へは1970年に移転。ここ赤城の神様はあつて日光の男体山の神様と争い負けてしまった。その時の傷を癒すために入った温泉が老神温泉とのこと。言い伝えとは面白いものです。
随分前に伊勢崎に一年ほど住み、前橋で働き、赤城降ろしの吹く時期の数ヶ月新婚生活を送った地、両親も結婚間もなく太田に住んで北海道に戻る前に赤城山にバイクで登ったそうだ。なんとも縁のある赤城山である。下山後は水澤観音に行き水澤うどんと舞茸のてんぷらを食べた。これが実に美味しいのである。
2007年12月赤城山。
http://79476925.at.webry.info/200712/article_4.html
2008年10月皇海山。
http://79476925.at.webry.info/200904/article_10.html
今回は赤城山ビジターセンターから覚満淵、鳥居峠から小沼(この)、八丁峠、そして地蔵岳、見晴・白樺牧場方面へ下り、句碑の道から大沼(おの)湖畔を歩いて戻ると言うルート。11:15~15:15までゆっくり約4時間のトレッキングです。
赤城山は成層火山を成り立ちにし、噴火によりカルデラ湖が誕生、外輪山として黒檜山などが生まれ、その後の噴火で中央火口丘が形成、これが地蔵岳、見晴山等となり、カルデラ湖を大沼、小沼などに分断しほぼ現在の形をつくりあげて行った。小沼は噴火でできた火口湖、大沼標高1350mに対し小沼は1450mと約100mの標高差、地蔵岳1674mまでは大沼から324mと軽いトレッキングにはうってつけ。
覚満淵は小尾瀬と呼ばれる沼の周囲に広がる湿地帯も含め呼ばれる場所、ワレモコウ、アザミ、等が咲いていた。時々青空が姿を現すと、相変わらずの夏の日射しが肌に暑い。
鳥居峠に上がると、覚満淵、大沼そして穏やかに周囲を囲む外輪山が見渡せる。
鳥居峠から反対側、赤城の外の眺望はガスに阻まれ皆無。筑波山まで見えるらしい。南方の千葉流山にも赤城神社があり、洪水で赤城山の一部が流れてきたので流山と呼ばれているという伝承もあるそう。
鳥居峠から登山道で小沼方面へ上がる。長七郎山への道を左に分けて、小沼の左に見ながら地蔵岳方面へ真っ直ぐ進む。レジャー地化している大沼と違い、小沼は静かな原始の世界。富士山も沼越しに見えるらしい。
正面にTV塔の立ち並ぶ地蔵岳、林道に突き当たって左側から手前の小山を回りこむと八丁峠、その先に駐車スペースがあり、地蔵岳への登山口となっている。
登山道はちょっと開けた斜面に木段がくねくねと続いている。登り始めはまだガスっぽかったものの、山頂が近づくと綺麗に夏空が広がり始めてくれました。夏空といってもどことなく秋色も感じる空です。
山頂手前の裸地から小沼、長七郎山を見下ろす。
山頂にはTV塔林立。
地蔵岳 1674m 山頂!眼下に赤城神社の赤い橋、大沼の向こうに黒檜山の外輪山。
山頂のお地蔵さんはみんな首が無くなっていて無残。
下山路は大沼へ直接下る登山道があるはずだが、標識によって進んだ斜面に踏み跡不明瞭。白樺牧場方面へ迂回するルートへ。最初は雨で抉れた滑りやすい大きな石に覆われたルート、途中から傾斜もなだらかになり美しい森が続く。
県道近くまで下って、右に句碑の道をとる。句人に詳しくなく、とりあえずそのうちの一つ。
突き当たりの道路を渡って大沼に下りる。やや水面が低くなっている?
湖畔にはミズナラの大木も多い。
国定忠治の碑。「赤城の山も今宵限り」
旧赤城神社、赤城大明神の鳥居。社殿を囲んでいた石柵が残り、静謐な雰囲気。近くに御神水。現在の大洞赤城神社へは1970年に移転。ここ赤城の神様はあつて日光の男体山の神様と争い負けてしまった。その時の傷を癒すために入った温泉が老神温泉とのこと。言い伝えとは面白いものです。
随分前に伊勢崎に一年ほど住み、前橋で働き、赤城降ろしの吹く時期の数ヶ月新婚生活を送った地、両親も結婚間もなく太田に住んで北海道に戻る前に赤城山にバイクで登ったそうだ。なんとも縁のある赤城山である。下山後は水澤観音に行き水澤うどんと舞茸のてんぷらを食べた。これが実に美味しいのである。
2007年12月赤城山。
http://79476925.at.webry.info/200712/article_4.html
2008年10月皇海山。
http://79476925.at.webry.info/200904/article_10.html
この記事へのコメント
地蔵岳に行かれましたか。私は8月13日に黒檜に登ってきました。帰りは、「次は地蔵に行きたいな」と言いながら車で横を通ってきました。お天気にも恵まれてよかったですね。
ぼくの仕事は、ハマの夜の街をあてもなく流すタクシー運転手です。
昨夜、帯状疱疹のお客様を夜間救急病院に搬送しまして(日中受診されたそうなのですが、痛みに耐えかねての再受診だそうです)
その苦しそうなご様子に
(帯状疱疹おそるべし・・・)
と震え上がっていました。
奥様お大事になさって下さい。
一日も早い快癒をお祈りしております。