島々谷から徳本峠~霞沢岳 2646m往復~上高地 1日目 2011/11/3-5

クラシック・ルート、この言葉に惹かれて11月初旬に連休をつくり、島々から徳本峠を経て、霞沢岳往復、上高地へと歩いてきました。天気予報では初日うす曇り、二日目快晴、三日目下り坂と風も無く好条件、11月上旬としては異様なほどの暖かさで、Tシャツ一枚で十分なほどでした。ですので、一般的な11月の山行ではない点、ご注意を。

徳本峠(とくごうとうげ)を通るルートが何故クラシック・ルートと呼ばれているのか、興味があったので調べてみました(ネットを通じての情報の収集、個人的にまとめたものですので誤りの可能性は排除できません、ご容赦を)。ウィキペディアには「江戸時代の寛文年間(1661~1672)から、島々から徳本峠を越える道は木材の搬出や炭焼きなどの生活を支えるルートであった」とありますが、島々谷の途中にある「戦国落人悲話」を読むと、飛騨の三木秀綱が秀吉の命を受けた金森長近に攻められ落ち延びる際、彼の室が中尾峠を越え、徳本峠を越えて信濃に向かう途中、この島々谷で杣人(そまびと)に殺されたとあります。それは1585年頃ですから、江戸時代より遡ってここを行き来していた人がいることになります。峠本来の意味である「山を上下」する人がいたわけです。
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この峠が杣人や牛だけではなく登山者が通行するようになるには、かの嘉門次(1947~1917)とウォルター・ウェストン(1861~1940)が深く関わっています(嘉門次は江戸生まれなので上條という苗字は後付けでしょう)。明治維新のとき22歳、1880年嘉門次33歳のときに明神池の近くに自身の小屋を初めて持ち、その頃には明神池に筏を浮かべてイワナを釣って生活の糧にしていたそうで、もちろん山を歩いての猟も生活の一部であったようです。その五年後くらいから牧畜振興の波により上高地にも牛や馬の放牧が始まったらしく、人の行き来も繁くなって行きます。小梨平や徳沢はその頃の放牧の名残なのでしょう。そして既に猟や山に精通していると評判をとっていた嘉門次にこの頃スポーツ登山を始めた人たちが案内を依頼したであろうことは間違いないと思われますが意外にも記録は残っていません。記録となって嘉門次の名前が登山史に刻まれるのが、1893年嘉門次45歳、ウェストンと宮川のコルーひょうたん池ー下又白谷ー前穂高岳のルートで、登頂に成功したことに始まります。その後の14年間は嘉門次登山記録の残らない空白期間、そして1908年(60歳)から1917年(69歳)までの間に18の登山記録のみが残されているそうです。そのなかにはウェストンはもちろん、日本山岳会初代会長で映画「剱岳 点の記」にも登場していた小島烏水との登頂も含まれます。ウェストンは通算3回来日、その時の山行の記録を「日本アルプスの登山と探検」として出版、日本アルプスを広く世界に紹介するきっかけとなったのです(近々是非読んでみたい)。ウェストンとは1912年にも北鎌尾根から槍ヶ岳に登頂しており、嘉門次64歳の夏のことです。

1915年焼岳が噴火、大正池が生まれ現在の上高地の景観が現れ、徳本峠には徳本峠小屋が1923年開業、そして1928年に上高地が天然記念物に指定され訪れる人もおおいに増えたとのこと。1933年には手掘りでの釜トンネルが開通、上高地にバスが乗り入れるようになりメインルートはそちらに移ってしまいました。そうした背景から考えると徳本峠の登山としての華の時期は、1885年くらいから1933年の期間ということになります。ウェストンや小島烏水の登山活動はこの期間に含まれるので、彼らが槍・穂高に向かうに徳本峠を歩いていたことは間違いの無いところでしょう。単独行で著名な加藤文太郎(1905~1936)の活動期も多くは徳本峠がメインルートであった時期に重なるのです。

霞沢岳に関して言えば、1902年に小島烏水が沢渡から霞沢を登り霞沢岳に登頂、上高地に降りた記録があるそうです。その後、1913年にウェストンが嘉門次らと八右衛門沢から登り詰めK1ピーク、霞沢岳に登頂しています。1984年に徳本峠からのルートが開削されるまでは、八右衛門沢からのバリエーションルートが霞沢岳に至るメインルートであったそうで、ちなみに八右衛門沢はK1から上高地帝国ホテルの赤い屋根を見下ろし、笠ヶ岳山頂を結ぶ方向に落ちています。

と言うわけで、日本山岳界の黎明期を支えた岳人が幾度となく足を運んだ島々谷のクラシック・ルート、性根を据えて歩かねばならないのです

11/3 6:10am / 730m 徳本峠入り口。相棒ジムニーを松本市安曇支所(旧 安曇村役場)前の駐車場に駐車。すでに似たような車が何台か置かれていました。上高地からは新島々行きのバスで支所前で下車すると駐車場の目の前に降りることができるので大変便利です。まだ薄暗い中、島々谷川の左岸を進むと、10分ほどで一般車両進入禁止のゲート。
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晩秋の紅葉に抱かれた林道をもくもくと歩く。7時前なのにもう暑くて半袖のTシャツに。
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7:10 砂防ダム。
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7:55 / 960m 島々から6.3km。 コースタイム1時間30分をややオーバーで島々谷南沢入り口の二股到着。トイレ有りで、水力発電の設備があります。少し手前に折口信夫の戦国落人悲話を歌った歌碑があり、二股トンネルへの林道を右に分けての到着です。
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8:05 二股の登山者カウンターを通過すると、いよいよ島々谷南沢沿いに伸びる本格的登山道の始まりです(昔は島々から既に登山道が始まっていたのでしょう)。真っ赤に色付いた紅葉の出迎え。
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スタートすると直ぐに堰堤の左岸を高巻きに通過する。足場がやや悪く、沢まで高度があるので落ちると悲惨です。濡れているときは要注意。通過すると三木秀綱奥方の遺跡。合掌。
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素晴らしい原生林を進むと間もなく行き橋で、右岸に渡る。
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二股から1kmほどで戻り橋。左岸に渡る。渓流が実に美しい。
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戦後間もなくの1946~53年まで使われていた炭焼き釜。わずか40kgの炭を二昼夜焼いたそう。。しかもここで。
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9:00 二股から一時間ほど歩いて、頭の上に岩の落ちてこなさそうな場所を見つけて休息。あと10分も進むと二股から2.6kmの岩魚留小屋までの中間点で、ベンチもあるので、休息はそちらがお勧め。
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9:30 瀬戸下橋を渡って右岸に渡ります。橋の上から上流。
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崩落跡。苔むしてきているので時間は経っているようだが。。
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反対岸を見ると最近崩落したばかりの斜面。両側から崩れて沢を止めたら鉄砲水が。。恐ろしい。
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9:45 瀬戸ノ滝で木橋を渡って左岸へ。
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橋上から上流。
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ゴルジュの左岸の木道を進むと途中で崩壊。土台ごと流されています。相当な濁流に押し流されたのでしょう。
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以前は左岸のやや上を通っていた登山道。今は沢の流れが変わったのでしょう、川原を進みます。
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10:35 / 1260m 島々から11.5km/4時間25分、二股から5.2km/2時間30分、岩魚留橋を右岸に渡ると岩魚留小屋到着。小屋の左後方から岩魚留沢が流れ落ち、左方から島々谷南沢が流れる。一説には築100年と聞いたがそれくらい古くても不思議ではない、古式ゆかしい山小屋です。調べてみましたがいつまで営業していたかも良く分からず、8月の最盛期のみの営業との情報も。。
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10:55 大休止後、小屋を出発しテントサイトを過ぎ岩魚留沢を渡り、島々谷南沢の右岸から岩魚留ノ滝を眺める。岩魚もここまでの地名の由来です。
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また直ぐに右から流れてくる中ノ沢を危うい木橋を渡ります。
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暫くやや傾斜の急になった沢の右岸を歩いていきます。
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小屋から先は原始的な丸太橋を渡って左岸へ。
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11:45 丸太橋から10分程でまた右岸へ。
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12:22 この辺りには流木も目立ち、もう少し先で右斜面から崩落。高巻きで通過すべき所、ルートを見失い沢沿いを強行突破。つかんだ木の根がすっぽり抜けて右足ドボン。幸い浸水せずに済んだので事なきを得ましたが。。
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崩落地を過ぎてまた丸太で左岸へ。
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12:45 南沢の左岸を登り詰め、対岸の斜面上部が明るくなってくるといよいよ本沢ともお別れです。ここまでくると丸太橋すら架けられておらず、渡渉になります。増水時は苦労すること請け合いです。渡渉地点を振り返って。
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続けて、本谷の渡り。対岸の笹の中を右にカーブを描いてルートが通っています。ここからいよいよ徳本峠への最後の登り!
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13:10 / 1800m 力水。岩魚留小屋から既に500m以上高度を稼いだ。峠までの最後の水場なので、たっぷり6Lほど補給。水はちょろちょろなので補給にやたら時間がかかりました
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力水からの登りは九十九折の急登。水の重みが肩にずっしり、死にそうになりつつ必死で高度を稼ぎます。峠の反対側に15分/150m強下ると水場があるので、力水からくみ上げるか、一旦峠に上がって空荷で下って登り返すか。。お好みでの選択となりますね。
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14:25 / 2140m 島々から16km/8時間15分、岩魚留小屋から4.5km/3時間30分でやっと徳本峠到着です。小屋は既に営業終了、今は資料館になっている旧小屋の修理中でした。
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テント場には全部で5張り程度の静けさ。小屋前のスペースが風を避けられてベストポジションで、詰めれば8張り程度はいけそう。今回も出動のニーモのANDIは天候も穏やかなので、穂高とご対面できる場所にゆったり設営(この時は雲の中で見えませんでしたけど)。ただ、風の通り道でもあるので余りお勧めではありません。
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夕食は肉野菜たっぷりうどん。MSRのQUICKシステム2は調理のしやすさでは抜群の使いやすさでした。
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夜中に外を見ると嬉しいことに満天の星空。数枚撮影しただけですが、一応それらしく写ってはいました^^)
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二日目霞沢岳往復~上高地下山はこちら。
http://79476925.at.webry.info/201111/article_4.html
燕表銀座から槍ヶ岳縦走はこちら。
http://79476925.at.webry.info/201110/article_8.html
船窪~烏帽子縦走はこちら。
http://79476925.at.webry.info/201109/article_5.html
室堂~五色ヶ原~薬師岳縦走はこちら。
http://79476925.at.webry.info/201109/article_4.html

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この記事へのコメント

pekohana
2011年11月07日 13:39
ハンスさん、こんにちは。

丁寧なレポと、雰囲気のある素敵な写真で、
歩いた時の記憶が鮮明に蘇ってきました。
徳本峠直下の登りは、私は寧ろホッとしたんです。
島々谷沿いの道は崩落個所が多くて緊張しますよね。
でも、テン泊装備だと急登はやっぱり大変ですね。
徳本峠越えの歴史も勉強になりました。

テントも一等地に設営されたのですね。
穂高の真正面なんて、うらやましい。

次回、霞沢岳編も楽しみにしています。
2011年11月07日 15:46
こんにちは!
以前、上高地に入るルートを色々と探していた時から知ってはいましたが。

静かな山歩きができそうで歩いてみたくなりました。
small cherry
2011年11月07日 16:39
再訪します。
島々からの登りは沢有り、崩壊箇所有りと大
変な道でしたね。霞沢岳は心に残る展望も良
いしお花も沢山咲いていて良い山です。
飯豊山が最初でH9年3座~H16年に百名山完
登H21年二百名山、22年に念願の三百名山
を完登し13年かかりました。
事故,怪我、交通事故も無く登山出来た事が御
蔭様でした。
2011年11月07日 17:35
pekohanaさん、島々谷のトレイルは記憶に残りますよね。貧乏テント泊はやむを得ないとして、水の重量が結構響くので、テント場近くに水場があるかないかは非常に重要です。雪解かせると楽なんですけどね^^)
2011年11月07日 17:39
izumiさんはこの日は伊豆だったんですよね。青い海と富士山が見える景色は私も大好きです。島々谷のルートは直前まで歩く気無かったのですが、霞沢岳への情報を集めているうちに、歩かれた人達に刺激を受けて急遽^^)長丁場ですが行って後悔はないかと。。是非。
2011年11月07日 17:44
small cherryさん、こんにちは。13年で300完登は凄いペースですね。怪我も無くというのはそれ以上に素晴らしいことだと思います。飯豊から入られたという辺りがすでに常人ではないような(笑)霞沢はお花も多いんですね。機会があれば雪の時期にも登って穂高を眺めて見たい山でもあります。
2011年11月07日 18:31
このルート&霞沢岳、私も行ってみたいルートなんですよ。来年になりますが、コチラの丁寧なレポでゼヒ・・・!。
2011年11月07日 21:25
テントミータカさん、こんばんは。このルートは穂高界隈では比較的静かなのでゆったり歩けると思います。霞沢の登頂日は何が何でも好天であってほしいですね^^)岳沢穂高が見えないと辛いだけ。。
よっさん
2011年11月07日 22:45
ハンスさん、こんばんは
私は遠い所、高い山は登れませんので、
ブログで楽しませてもらっています。
遠方の人は、白山と荒島岳を登って
帰る人が多いようですが、白山は
登っておられますので、荒島は離れていますが、
百名山切のいいとき、おいでください。
足羽山6188
2011年11月08日 00:25
私には拝見しているだけでもただただ凄いルートで・・・
“性根を据えて歩かねばならないのです”
というお言葉そのものでした。
でもでもおうどんがおいしそう~
玉子も2個入って栄養満点ですね。。。
2011年11月08日 10:38
よっさんさん、おはようございます。ブログ拝見していますが、あれだけのペースで山歩きを続けられると言うのは凄いことですね。百名山はいずれ完登できれば嬉しいですが、最近は同じ山でも色々なルート、季節で楽しむ方に惹かれています。荒島岳は夏は虫の山、と聞いているので(本当なのでしょうか?)残雪期、早春か晩秋かなぁ、と思ってます。
2011年11月08日 10:44
mikkoさん、おはようございます。島々谷ルートそものものは長いだけでごく普通の登山ルートですよ(大雨の後とかには注意必要でしょうけど)。スィーツが通常の二倍くらいは必要かも知れませんが^^;登山の歴史に思いを馳せるには良い機会になると思います。今回もっていったMSRのクッキングセットは山で料理するにはとても便利でした。買って正解^^)
2011年11月08日 21:10
ハンスさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。表妙義より緊張感は必要かもしれませんが、ブログを拝見すると十分な技術と体力をお持ちのようなので、楽しめると思います。雨後で濡れていたり,これからの季節で凍結していたりなどなければ特に問題ないと思います。またゆっくり拝見させていただきます。
YamYam登山
2011年11月09日 01:45
いつか歩きたいルート!
詳細なブログで非常に参考になりました。
ハンスさんのブログにはいつも勉強させていただいてます。

霞沢も以前行った時はガスだったのでリベンジをかねて挑戦したいです。
2011年11月09日 15:47
山じいさん、こんにちは。技術も体力も?ですけどそれ以上に高所恐怖症との闘いなのですよね、いつも^^;妙義山界隈は修行の場としては比較的近いし、眺めも良いしで歩きこんでみたいなぁ、と考えています。またブログ参考にさせていただきます。
2011年11月09日 15:49
YamYma登山さん、こんにちは。霞沢はすでに行かれてるのですね、さすが。でもあそこは眺望あっての山のような気もしますので是非再チャレンジを。私は雪のあるうちにまた登りたいと思ってます^^:(無謀?)
2011年11月13日 23:32
かなり荒れていますね。
自分も以前紅葉の時期に行きました。
特に黄葉が素晴らしかった。
また行きたいと思いながら崩落で躊躇してました。
とても参考になりました。
2011年11月14日 22:41
zenさん、こんばんは。登山道は写真で見えるほど荒れてはいなかったですよ。概ね歩きやすい道です。大雨が降るとどうなるか分からないルートでもあるので、歩けるうちに。。という感じでしょうか^^)

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