好展望の関八州見晴台 771m と1300年の歴史ある高山不動 2011/11/20

徳本峠から二週間ぶりに軽い山歩きに出かけてきました。先週からの風邪でまだ喉が痛むので無理は禁物。目指すは埼玉の飯能と越生の境界にある関八州見晴台。本来なら西吾野駅駅から歩くルートを行くのですが、体調も良くないのとこちらも久々登場のプーも一緒なので、高山不動まで車で上がり、奥ノ院まで歩くことに。一番下の駐車場で標高440mくらいだったので、標高差230m程度のハイキングです。
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高山不動は正式名称「高貴山 常楽院」、真言宗の古刹、本尊は軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)。654年、藤原鎌足の子の長覚坊らにより創建とされる。国造(クニノミヤッコ)三輪社、この神社の別当宝勝坊も創建者の一人(と言い伝えられている)。
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不動尊の入り口に聳える大銀杏。樹齢800年、垂れ下がる気根が乳に見えることから安産。子育てにご利益があると言い伝えられている。埼玉県指定天然記念物。まだ黄葉になっていないのが残念。
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境内の斜面から境内を覆うように建っている大楓。こちらは赤く見事に紅葉していました。
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急な石段の参道。ステップが短く滑りやすいので要注意。病み上がりでボーっとしている体では中央の鎖に頼らないと危険^^;
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常楽院不動堂。現在の堂宇は幕末に再建されたもの。創建時には堂宇はこれからいく奥の院の位置に建てられたが、災害等により不動堂は現在の位置に移され、元の場所は関八州見晴台と呼ばれるようになったらしい。ちなみにこの高山不動、民間の信仰の厚かった頃には一山に36坊も立ち並んでいたようですが、1860年の失火で仁王門、神楽殿他その殆どを焼失、現在は3坊が残るのみだそうです。時には成田不動、高幡不動とあわせて関東三大不動とも呼ばれるようですが、そうした位置づけにしては周辺は閑散としており、不動堂の手入れもお粗末。内陣の格子の内部はビニールのカバーのようなもので覆われ内部さえ窺い知る事ができない、これでは人も寄り付かないでしょう。文化財の木造軍茶利明王像も絹本着色不動明王画像もどこにあるのやらです。
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不動堂の裏の山道を登っていくと、右手にお茶屋さんが見えてきます。その前にも駐車場あり。で本当ならその脇の登山道を行くべきところ、気が付かずにしばらく簡易舗装された林道を歩いてしまいました。プーはリードをぶら下げたままダッシュして行ったけど、ちゃんと途中で待ってます。
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暫く歩くと駐車スペースの脇から関八州見晴台の入り口。
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見晴台までの尾根道はまだ紅葉の残り火で綺麗。
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頂上手前で振り返る。。
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山頂に到着。771.1m。山頂には奥の院の小さな建物のほか、ベンチもたくさんあり、けっこうな人数がお昼を楽しんでいました。
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見晴台はその名の通り、関八州を見渡せます。空気が澄んでいれば新宿副都心も。西武ドームは見えました。岩登りのメッカ、日和田山、右かなたには丹沢山系。
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秩父方面を見ると、段々畑の武甲山や両神山、富士山は。。。残念ながら。
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プーの好きなおはぎのお弁当を食べて、下山開始。一番下の駐車場まで一気に下ります。途中の紅葉に包まれた尾根。
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昔ながらの農村風景です。こんな山の中なのに人は逞しく生活をしています。
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13:30 帰りは顔振峠経由の林道を行きました。こちらの方が道幅も広く安心です。顔振峠はその昔、義経と弁慶が恐らく逃避行の途中通過した峠で、義経が素晴らしい景色に何度も降り返った(顔を振った)という話と、余りの急登で弁慶のあごが上がって顔を振りながら、という説があるそうです。峠には茶屋が数件あり、観光客で賑わっていました。近くには自称”穴場のカフェ”も^^)西吾野駅から高山不動~見晴台に登り、顔振峠まで尾根道を歩き、また同じ駅に下山する周回路を歩くともっともっと気持ちがいいのでしょうね。
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